びきたん
「あ、びきたんばい!」
学校の帰り道、太郎が自転車を押す手を止めたかと思うと、いきなり叫んだ。
「びき……たん?」
なんだそれは。
「あれっちゃ……、ほんなこつ、びきたんばいね」
道男が駆け出しあぜ道の脇にしゃがみこむ。太郎も慌てたようすで自転車を止めて一緒になって何かを覗き込んだ。
「最近ちゃ、ぬっかなってきたけん目ば覚ましよったごたる」
「そうったいねー」
太郎はしみじみとした口調で頷くと、道男と『それ』をじっと見ている。だが俺の位置からだとそれは見えない。
「なあ、なんかいるわけ?」
俺からすると得体がしれない。二人がなにを真剣に観察しているのかさっぱり分からなかった。
「びきたんがおったとよ。こんびきたん、ふとかー。こげんふとかびきたんもおらんちゃなかね」
道男は満面の笑みで返してくる。
「……だから、その『びきたん』っていうのはなんなわけ? やたら可愛らしい呼び名みたいだけど」
「ああ、匡幸は知らんごたるね。びきたんっち蛙んこつばい。こん辺りっちゃ、蛙ば『びきたん』っち言うったい」
ほら、と太郎が蛙をつかんでご丁寧に俺の顔の目の前に持ってきた。
「なるほど……」
思わず一歩、後ずさってしまった。
「びきたん、かわいかー」
道男は太郎から蛙を譲り受けると、喉の辺りを撫でてやっている。
手のひらほどの大きさはあろうかという蛙を。
「びきたんこつ、すいとー」
そう言うと、道男はなごりおしげに蛙を田んぼにそっと逃がしてやった。蛙はそのまま田んぼの水の中をすいと泳いでいき、草の影に見えなくなってしまった。
「水筒……」
俺が呟くと、道男が俺を見上げて目を輝かせた。
「匡幸もびきたんすいとーと? びきたん、かわいかけんね。しかたなかね」
好きって言うことか。
「いや、俺はどっちかっていうと……それほど好きじゃないかも」
「なーん? そげんね。匡幸もそのうち分かるばってん。びきたんの魅力……」
道男はあからさまにがっかりしたようすで田んぼを見やった。
そういえば道男の家に遊びに行ったとき、緑色のカエル柄――というよりカエルの着ぐるみ――のパジャマがこいつの部屋にあったことを俺はふと思い出していた。
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コメント:筑後弁(久留米弁)ベースの方言の勉強のために書いてみました。そういえば匡幸視点のSSばかりになってきました。